母のおせち手作りには今もかなわない

子どもの頃毎年年末になると、決まって家中の窓拭きとお風呂掃除が私の担当でした。
そして母と一緒に近所の商店街へおせち料理の材料を買いに行くのが恒例でした。
八百屋さん、乾物屋さん、お肉屋さん、お魚屋さんと個人商店をまわり、お店の人たちと年末の挨拶を交わしたものです。

母は紅白なます、田作り、栗きんとん、伊達巻といろいろなおせちを手作りしてくれました。
中でも黒豆は本当にふっくら柔らかく、甘くてツヤがあり私の大好物でした。思えば当時は圧力鍋はなく、手間と時間をかけての料理でした。

そして思い出深いのが筑前煮です。にんじんを梅型に、レンコンを花レンコンに、こんにゃくは短冊切りにして真ん中に切り込みを入れて片方をくるっと中に通して手綱にする母はまるで魔法使いのようでした。
私はこんにゃくの手綱を手伝うのが好きでしたが、時々深く切り込みを入れてしまい、いくつか失敗したものです。
残念ながら母は亡くなり、母のおせちを口にすることはできなくなりました。現在私は社会人の娘と大学生の娘がいます。

私にとってはおせちを作るのは大変な作業でハードルが高いので、毎年購入しています。
今年も専門のおせちを注文します。ただ今でも黒豆と筑前煮だけは泣き母を思い出し手作りしています。
もちろん圧力鍋を使っていますが、頑張っても母の黒豆にはかないません。

母と私の思い出は娘たちに引き継がれ、今になっても暮れの大掃除で窓拭きとお風呂は娘たちの担当です。
黒豆はおばあちゃんの味とは違うと言う娘たちですが、一緒にキッチンに立ち一年あった出来事を振り返りながら筑前煮の野菜切りをします。
そして必ず母の思い出話をして楽しい時間を過ごします。

今はお正月の2日目にはハンバーグやすき焼きを食べたがり、実際に洋食やジャンクフードも口にする娘たちですが、黒豆と筑前煮だけはなくなるまで毎日食べます。
亡き母と私の黒豆と筑前煮の味が娘たちの思い出のおせちになり、未来の孫たちの思い出のおせちとなるのが夢です。

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